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ようこそ!教会は心のくつろぎの場です。
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お知らせ
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ママとキッズのホッとタイムに関するお知らせ (2023/4/7 更新)
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礼拝メッセージ
5月3日 聖日礼拝 富居博典牧師
「みことばの光」 詩篇119篇105〜112節
「一寸先は闇」と言う。一寸とはわずか3cmだが、人生に於いてほんの少し先であっても予測することは出来ない。しかし今日の聖書箇所で神様のみことばは私たちの足のともしびであり、道の光だと言う。
1.信頼できる光
数々の聖書預言が成就し、考古学的な裏付けからもみことばは信頼できると言える。しかし世界のベストセラーとして、今も様々な言語に翻訳されていること、数多くの信仰者の証こそが何よりも信頼の証ではないか。
2.闇を照らす光
みことばの光は心の暗闇を照らす。闇とは悪魔の支配であり罪を象徴している。御子イエスはご自身の血によって闇を打ち砕き、勝利したのです。ですから主に立ち返る者の罪は赦され、光輝くのです。(使徒26・18)
3.希望の光
信仰者にも悪の誘惑がある。不安と絶望に陥り、妥協して罪を犯してしまうことがある。しかしみことばは一筋の光となって私たちの歩む道を照らす希望そのものです。主に従う者はもはや決して闇の中を歩くことはないのです。(ヨハネ8・12)
4月26日 聖日礼拝 桑原晴美伝道師
「イエスは再び来られる」 マタイの福音書25章1〜13節
「イエスは再び来られる」(使徒の働き1:11)。復活されたイエスは天に上って行ったのと同じ有様でまた来られる。この再臨の約束は、イエスご自身も「人の子(イエス)の到来」として語っている。(マタイ24章、マルコ13章、ルカ21章)。「神の国」はキリストを信じる私たちのうちにスタートした。再臨はすべての被造物が贖われる「神の国」の完成に向かう。
「目を覚ましていなさい」(13節)。「目を覚ましている」とはここでは転義的に「油断しない」という意味で使われている。私たちはこの世の富や誘惑に心を奪われやすい弱さを持っている。信仰生活においては注意深さとともに、神と人に対する忠実さが大切である。
「賢い娘たち」は花婿を迎える備えをしていた。それは再臨に対する期待とイエスに対する愛から来る。「神の国」は神との関係性に生きるところである。私たちは与えられた賜物を愛を動機として豊かに働かせることができる。
4月19日 聖日礼拝 富居博典牧師
「見ずに信じる幸い」 ヨハネの福音書20章24節〜29節
復活の日の夕方、主は弟子たちの前に現われ喜んだとあるが、その場にトマスだけがいなかった。
1.正直な気持ちを聞いて下さる(25節)
トマスはどんな気持ちであっただろうか。主の手に釘の跡を見て指を入れ、脇腹に手を入れてみなければ「決して信じません」と言った。それは冷ややかな疑いではなく、信じたいけど信じられなかったのではないだろうか。主は私たちの心の奥底までご存じであられます。
2.傷跡が意味するもの(27節)
主のみ傷は私たちの罪のためです。その身代わりの死と復活によって私たちは赦され、平安を頂いたのです。この平安は既に成就しており、しかも永遠に変わりません。また主が負ったみ傷によって癒されない傷もありません。(イザヤ53・5)
3.見ないで信じる幸い(29節)
今私たちは復活の主を見ることは出来ません。しかし神のみ言葉を通して主を信じるのです。これにより地上での祝福は勿論、御国を受け継ぐ者とされるとは驚くばかりの恵みです。(エペソ人1・18)
4月12日 聖日礼拝 桑原晴美伝道師
「心を燃やしてくださる方」 ルカの福音書24章13〜35節
「二人の目はさえぎられていた」(16節)。恐れと疑いは復活のイエスに出会うときの大きな障壁となる。非常な苦しみに会ったとき、聖書の約束が信じられず、神に失望して信仰を捨てようとしたことがあるだろうか。私たちの目はさえぎられていてもイエスはどんなときも見捨てず、ともに歩いてくださっていることを覚えたい。
「私たちの心は内で燃えていた」(32節)。火がともるという意味の言葉が使われている。ランプの油が満ちて火がともり、燃え続ける。渇いた心、傷ついた心に、イエスの愛が満ちるとき、私たちの心に火がともり、燃え続けるのである。
イエスの愛とは私の罪のために死なれた十字架の愛、そして復活してくださったことによって永遠までも決して見捨てないと明らかにされた愛である。
今私たちの内におられる聖霊に「教えてください」と祈りながら聖書を読むとき、そこに一緒に歩いてくださるイエスの語りかけを聞くだろう。
聞こえていますか、あなたを呼ぶ声
人はだれでも愛されたいと思います。愛なしでは生きられないように造られているからです。人はだれでも永遠を思います。永遠に生きるように造られたからです。人はだれでも真実なものに感動します。真実な神が私たちの創造主だからです。
事実、私たちを造られた神は、「わたしの目には、あなたは高価で尊い。私はあなたを愛している」と語りかけておられます。
ここに私たちの人間としての尊厳があります。
砂漠に放置された時計は、どんなに正確に時を刻んでも、それを造った人間と向き合い役に立たない限り、空しいと思うでしょう。
私たちがどんなに発達した文明の中にいても、どこか孤独で空虚で不安な理由は、私たちを限りなく愛しておられる神に背を向けているからです。私も思春期に大きな挫折の中で、聖書を通してこの神にお出会いして、六十数年、喜びと希望に生かされて来ました。
教会こそあなたの生きる意味と生きる喜びを与える唯一の場所です。
東京若枝教会は、あなたをお待ちしています。
牧師 飯塚 俊雄
教会紹介
私たちの教会は1968年、練馬区関町の借家の八畳の板の間から始まりました。
現在の牧師は音楽性ゆたかな飯塚弘道牧師です。
地域の方々に愛され、親しまれ、今や毎週の聖日礼拝には90歳をこえる方々から、働き盛りのパパやママ、青年、学生、中高生、小学生はもちろん、赤ちゃんにいたるまでたくさんの人々でにぎわいます。
牧師の心は温かく、お話はわかりやすく、慰めといやしと希望のメッセージはきっとあなたの心にも届くでしょう。
※当教会は統一教会、モルモン教、エホバの証人、幸福の科学とは一切関係ありません。
また当教会では駐車場整理の都合上、車でお越しの方には駐車票の掲示をお願いする場合があります。ご理解のほどお願いします。
