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礼拝メッセージ
10月4日 聖日礼拝 富居博典牧師
「十字架のことばは神の力」 コリント人への手紙第一 1章18〜25節
手紙の冒頭でパウロは、コリントの教会が「キリストにあって豊かな者」(5節)であり、「熱心に私たちの主イエス・キリストの現れを待ち望む」(7節)ことを神に感謝している。しかし十字架のことばを見失いかけていた。その背景に人の能力やこの世の知恵を誇る価値観が、信仰に入り込んでいたのだ。そこでパウロは、知恵のことばによらず福音を宣べ伝え、キリストの十字架を中心に据えたのである。コリントの教会に書き送られた1章18節のみことばをどのように捉えることができるか。
1. 滅びる者たちには愚か
救い主であるイエス・キリストが十字架につけられたことは、滅びに向かっている者にとって愚かにしか見えない。この世の知恵に比べて何の魅力も感じないのだ。
2. 救われる私たちには神の力
罪と死を打ち破りよみがえられたキリストによって、信じる者には永遠のいのちへの希望が与えられている(ヨハネ11:25)。たとえ欠けがあっても、神の愛と恵みこそが、私たちを生かす神の力である。日々私たちは十字架を仰いでいるだろうか。
9月27日 聖日礼拝 桑原晴美伝道師
「忍耐する者への祝福」 ヨハネの黙示録3章7〜13節
フィラデルフィアは紀元前2世紀頃、アッタロス2世(フィラデルフォス=「兄弟を愛する者」の意)が建設した町である。この王の名にちなんで町の名は付けられた。教会はまさに兄弟を愛する者の集まりである。
ダビデの鍵を持つイエスは、彼以外だれも閉じることができない門をあなたの前に開いておいたと言われる。それは永遠の神の国への招きだと言えよう。彼らが少しばかりの力があって、キリストの忍耐を模範とし、サタンの会衆に属する者たちの攻撃を忍耐し、その教えを堅く守り抜いたからである。
キリストの忍耐とはまず、私たちの罪の贖いとして、十字架の辱めを忍んでくださったことである(ヘブル12:2)。
さらに、救われてなお弱さのゆえに神を悲しませてしまう私たちのために、忍耐をもって父なる神にとりなしていてくださるのだ(ローマ8:32)。そこには私たちを悔い改めに導こうとされる愛がある。私たちが忍耐できる根拠はただキリストの忍耐にある。
9月20日 聖日礼拝 富居博典牧師
「救いを求めて」 マタイの福音書14章22〜33節
五千人の給食の奇跡の後、イエス様は弟子たちを強いて舟に乗り込ませ、向こう岸へ向かわせた。しかしその夜から明け方まで、舟は逆風のために波に悩まされていた。そこへイエス様が湖の上を歩いて弟子たちの所へ来て、話しかけたのだ。同様にイエス様は私たちの生活の中にあって、今も語り掛けておられるのである。
1.しっかりしなさい。わたしだ。恐れることはない(27節)
この言葉に励まされたペテロは、イエス様の招きに応え、湖に足を踏み出した。しかし強風を見て沈みかけてしまった。私たちはイエス様からすぐに目を離し、疑ってしまうものである。そんな私たちにもイエス様はすぐに御手を伸ばし、救い出して下さるのだ。
2.主よ、助けて下さい(30節)
救いに必要なのは知識や理屈ではない。「主よ、助けて下さい」と主を呼び求めることである。その後、嵐は凪となり弟子たちは、「まことに、あなたは神の子です」と言って、イエス様を礼拝した。私たちも困難の中で、イエス様を神の子と告白し、礼拝を捧げたい。
9月13日 聖日礼拝 桑原晴美伝道師
「目を覚ましていよう」 ヨハネの黙示録3章1〜6節
サルディスは、活気のある商業都市であった。また、天然の要塞とも言われる絶壁のような非常に険しい丘の上に建てられていた。
経済的に裕福な町であり、外敵に対しても難攻不落な町、富と安逸は人々を怠慢にし、その影響は、教会にも及んでいたのである。
イエスは「あなたは、実は死んでいる」と言われた。それは、私たちの霊が神との生きた交わりを失っているということである。
罪の中に死んでいた私たちは、イエス・キリストの十字架の贖いによって生きるものとされた(エペソ人への手紙2:1−5)。しかし、そのことを忘れてしまうなら、私たちは、肉体は生きていても霊は命を失っているのである。
目を覚ませと神は言われる。私たちは迫害よりむしろ、安逸によって神から離れやすい弱い者である。
私たちは神との関係に関して目を覚まし続けていることが必須である。
私は今日も、神に信頼しているか、神に従いたいと思っているか、自分に問う者でありたい。
聞こえていますか、あなたを呼ぶ声
人はだれでも愛されたいと思います。愛なしでは生きられないように造られているからです。人はだれでも永遠を思います。永遠に生きるように造られたからです。人はだれでも真実なものに感動します。真実な神が私たちの創造主だからです。
事実、私たちを造られた神は、「わたしの目には、あなたは高価で尊い。私はあなたを愛している」と語りかけておられます。
ここに私たちの人間としての尊厳があります。
砂漠に放置された時計は、どんなに正確に時を刻んでも、それを造った人間と向き合い役に立たない限り、空しいと思うでしょう。
私たちがどんなに発達した文明の中にいても、どこか孤独で空虚で不安な理由は、私たちを限りなく愛しておられる神に背を向けているからです。私も思春期に大きな挫折の中で、聖書を通してこの神にお出会いして、六十数年、喜びと希望に生かされて来ました。
教会こそあなたの生きる意味と生きる喜びを与える唯一の場所です。
東京若枝教会は、あなたをお待ちしています。
牧師 飯塚 俊雄
教会紹介
私たちの教会は1968年、練馬区関町の借家の八畳の板の間から始まりました。
現在の牧師は音楽性ゆたかな飯塚弘道牧師です。
地域の方々に愛され、親しまれ、今や毎週の聖日礼拝には90歳をこえる方々から、働き盛りのパパやママ、青年、学生、中高生、小学生はもちろん、赤ちゃんにいたるまでたくさんの人々でにぎわいます。
牧師の心は温かく、お話はわかりやすく、慰めといやしと希望のメッセージはきっとあなたの心にも届くでしょう。
※当教会は統一教会、モルモン教、エホバの証人、幸福の科学とは一切関係ありません。
また当教会では駐車場整理の都合上、車でお越しの方には駐車票の掲示をお願いする場合があります。ご理解のほどお願いします。

