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ようこそ!教会は心のくつろぎの場です。
教会は魂の深い渇きが満たされる場です。
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お知らせ
新型コロナウイルス対策を踏まえた教会活動の注意事項に関するお知らせ (2023/11/24 更新)
ジョイタイムに関するお知らせ (2022/1/19 更新)
感染予防対策をしてお待ちしております。詳しくはジョイタイムをご確認ください。
ママとキッズのホッとタイムに関するお知らせ (2023/4/7 更新)
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礼拝メッセージ
6月21日 聖日礼拝 桑原晴美伝道師
「イエスからの手紙」 ヨハネの黙示録2章1〜7節
イエスは私たちが何を思い、どのように行動しているか、すべてご存知である。それは私たちを愛し、深い関心を持っていてくださるからである。
初めの愛はどこから始まったか、それは私たちからではなく、イエスから始まった。私たちが好き嫌いの感情ではなく、初めて愛を知ったのはイエスの十字架の愛を知り、受け取ったときである。
私たちは聖霊に導きを祈り求める中で霊的な洞察力を養われて行く。試練を通して忍耐も養われ、練られた品性も身に着けて行く。しかし、愛を置き去りにしてしまうなら、イエスの叱責を受けることになる。私たちには何度でも軌道修正するために悔い改めのチャンスが与えられているのだ。
結びに、神は〈勝利を得る者〉、イエスを神の御子と信じる信仰を守り通した者に、いのちの木から食べることを許すと言われる。創世記で、人間の罪によって閉ざされたいのちの木への道が、黙示録で開かれる。この約束は私たちにとって大きな励ましである。
6月14日 聖日礼拝 桑原晴美伝道師
「神の姿の豊かさ」 ヨハネの黙示録1章10〜20節
天上のイエスの姿、それは、髪の色も、目も、足も、顔も、ヨハネにとってガリラヤで、エルサレムで、ともに過ごしたイエスの姿とはほど遠いものであった。
しかし、恐れのあまり、足もとに倒れ込んだヨハネに、イエスは身をかがめ「恐れることはない」と触れられた。神の本質は変わらない。
私たちは祈る時、どんな神のイメージを描いて祈るだろうか。私たちはどこまで神の姿の豊かさを知り、受け入れることができるだろうか。それはおのずと、自分自身の豊かさを知ること、受け入れることにつながっていく。
クリスチャンの歩みとは信仰が成長するほどに、イエスの十字架の赦しを必要としなくなっていくのではない。自分自身の心の内側を、益々聖霊によって明るみに出され、見せられる。そして、自分はイエスの十字架の赦しなしには生きていけない者であると確信を深めて行くのである。それは、恵みを恵みとして受け取れる者に変えられていくことでもあるのだ。
6月7日 聖日礼拝 富居博典牧師
「目指すべき教会の姿」 使徒の働き2章41節〜47節
その日ペテロのメッセージによって3千人が救われ、初代エルサレム教会が始まった。42節から彼らの姿勢に学びたい。
1.使徒たちの教えを守り
初代教会は何よりも十二使徒からの教えをしっかりと心に留めていた。私たちも乳飲み子のようにいつもみ言葉の乳を慕い求める者でありたい。(ペテロ第一2・2)
2.交わりを持ち
44節にある「共有」は交わりを意味する。その根底にあるのは聖霊の満たしです。そこから自発的な愛の交わりが生まれる。(使徒4・31〜32)
3.パンを裂き
当時それぞれの家で聖餐と食事が持たれていたようだ。主の命令によってキリストの十字架を覚え、信仰によって一つとされていることを確認していたのです。
4.祈りをしていた
人が呼吸せずに生きていけないように、祈りはクリスチャンの命綱です。密室での祈りは勿論、共同体としての祈りも欠かせません。そして彼らの信仰の姿勢は民全体から好意を持たれた。しかし救われる人々を加えて下さるのは、彼らの熱心さではなく、主の御業であることを覚えたい。
5月31日 聖日礼拝 桑原晴美伝道師
「私たちの内に聖霊が住むという神秘」 使徒の働き2章37〜39節
イエスを救い主と信じる者は、罪を赦して頂くために悔い改め、父、子、聖霊の名においてバプテスマを授かり、賜物として聖霊を受ける。
◎〈〜のうちに〉とは或るものに満ちていることを表現する言葉である。「神の御霊があなたがたのうちに」(ローマ8:9)。
◎〈住む〉とは宿る(うちにとどまる)、共にいる、一緒に生活するという意味を持つ言葉である。
◎聖霊が私たちのうちに住んでおられるとは、神と私たちとの間に物理的距離も時間的距離もないということである。私たちの祈りは瞬時にして聞き届けられる。私たちがどんな苦難の中にあってもそこにも共に聖霊はおられる。それはイエスが「わたしが父のうちに、あなたがたがわたしのうちに、そしてわたしがあなたがたのうちにいる」(ヨハネ14:20)と言われたように決して切り離すことのできない愛と信頼関係の中に招き入れてくださったということである。この神秘に勝るものはない。
聞こえていますか、あなたを呼ぶ声
人はだれでも愛されたいと思います。愛なしでは生きられないように造られているからです。人はだれでも永遠を思います。永遠に生きるように造られたからです。人はだれでも真実なものに感動します。真実な神が私たちの創造主だからです。
事実、私たちを造られた神は、「わたしの目には、あなたは高価で尊い。私はあなたを愛している」と語りかけておられます。
ここに私たちの人間としての尊厳があります。
砂漠に放置された時計は、どんなに正確に時を刻んでも、それを造った人間と向き合い役に立たない限り、空しいと思うでしょう。
私たちがどんなに発達した文明の中にいても、どこか孤独で空虚で不安な理由は、私たちを限りなく愛しておられる神に背を向けているからです。私も思春期に大きな挫折の中で、聖書を通してこの神にお出会いして、六十数年、喜びと希望に生かされて来ました。
教会こそあなたの生きる意味と生きる喜びを与える唯一の場所です。
東京若枝教会は、あなたをお待ちしています。
牧師 飯塚 俊雄
教会紹介
私たちの教会は1968年、練馬区関町の借家の八畳の板の間から始まりました。
現在の牧師は音楽性ゆたかな飯塚弘道牧師です。
地域の方々に愛され、親しまれ、今や毎週の聖日礼拝には90歳をこえる方々から、働き盛りのパパやママ、青年、学生、中高生、小学生はもちろん、赤ちゃんにいたるまでたくさんの人々でにぎわいます。
牧師の心は温かく、お話はわかりやすく、慰めといやしと希望のメッセージはきっとあなたの心にも届くでしょう。
※当教会は統一教会、モルモン教、エホバの証人、幸福の科学とは一切関係ありません。
また当教会では駐車場整理の都合上、車でお越しの方には駐車票の掲示をお願いする場合があります。ご理解のほどお願いします。
