東京都西東京市プロテスタントキリスト教会・東京若枝教会

東京若枝教会

東京若枝教会のホームページへようこそ  

 ようこそ!教会は心のくつろぎの場です。
  教会は魂の深い渇きが満たされる場です。
   牧師にご用のある方は遠慮なくご連絡ください。
     祈ってほしい方もどうぞ      牧師

お知らせ  

新型コロナウイルス対策を踏まえた教会活動の注意事項に関するお知らせ (2021/6/25 更新)


ジョイタイムに関するお知らせ (2021/6/26 更新)

 ジョイタイムは緊急事態宣言の解除に伴い、感染防止対策を徹底し、2021年6月27日から教会のホールでの礼拝(Zoom併用)を再開いたします。詳しくはジョイタイムをご確認ください。

ママとキッズのホッとタイムに関するお知らせ (2021/10/3 更新)

 10月14日と28日は、教会で開催する予定です。感染予防対策をしてお待ちしております。ぜひお越しくださいね。詳しくはホッとタイムをご確認ください。

礼拝・聖書研究祈り会配信  

10月20日 聖書研究祈り会  

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聖歌424(1,4)
聖歌427(1,4)
聖歌469(1,4)
ヨハネの黙示録 16:12〜21
メッセージ「見よ。わたしは盗人のように来る」

10月17日 聖日礼拝  

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賛美歌 545
賛美歌 634 (1,2,3節)
交読文 11(詩篇32篇)
牧師の祈り・主の祈り・使徒信条
聖歌 270(1,2,4節)
特別賛美 「共におられる主」
聖書朗読 マルコの福音書1:1〜8
メッセージ      飯塚弘道牧師
「キリストの福音のはじめ」
聖歌 607(全節)
祈り(応答・決断)
頌栄 賛美歌 540
祝祷・後奏

《今日のメッセージ》飯塚弘道牧師
「キリストの福音のはじめ」マルコの福音書1:1〜8

 マルコは、イエスの直弟子ペテロに「わが子マルコ」と言われた人で、ペテロから聞いた事を記録したのがこの福音書です(67年)

「福音」(ユーアンゲリオン)という言葉はそれまでありませんでした。神が私たちを愛して、み子を地上に送り、み子の死によって、私たちの罪と死の問題を解決し、信じる者に永遠のいのちを与えて下さる一方的な恵みを「福音」と言います。

一、マルコは短く、「神の子イエス・キリスト」と言い切るが、各福音書記者はイエスの本性を語り、宇宙の主権者、創造主と言う。

一、王の王の出現に対し、神は「主の通る道を備える」ためにバプテスマのヨハネを起されます。あの老祭司ザカリヤとエリサベツの息子です。彼のさばきのメッセージにユダヤの全地は動き、霊的リバイバルが起る。

一、ヨハネは時の人となるが自分の分をわきまえ、野の叫ぶ声にすぎないと告白し、花むこイエスの友であることを喜びとします。

 私たちは彼を見て、真に偉大な人間とはどういう人かをまざまざと知る事ができます。

10月13日 聖書研究祈り会  

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聖歌261(1,3)
聖歌406(1,4)
聖歌540(1,4)
ヨハネの黙示録 16:1〜11
メッセージ「神の激しい怒り」

10月10日 聖日礼拝  

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賛美歌 545
賛美歌 228 (1,2,3節)
交読文 55(ヨハネ伝15章)
牧師の祈り・主の祈り・使徒信条
聖歌 261(全節)
特別賛美 賛美歌525「恵み深き 主のほか」
聖書朗読 第二コリント 8:1-9
メッセージ      飯塚俊雄牧師
「神に献げる私たちの真心」
聖歌 627(1,2,4節)
祈り(応答・決断)
頌栄 賛美歌 540
祝祷・後奏

《今日のメッセージ》飯塚俊雄牧師
「神に献げる私たちの真心」 コリント人への手紙 8:1〜9

日本人は公けに金銭のことを口にするのは、はしたないと思って来ました。でも、主イエスや使徒パウロは弟子たちに対して、少しもためらわないで、教会の必要を満たすために、金銭を正しく用いる事を語っています。

 私たちが本当に救われているなら、教会のない生活などとても考えられない筈です。

一、自分をキリストに献げ切っていない人は金銭を献げることを惜しみます。主はご自身のすべてを私たちに下さいました。私たちもそのように自分を主に献げるなら、所有物も主のもののはずです。それを身を以て実証したのがマケドニヤのキリスト者たちです。
 彼らは分を越え、自ら進んで、力以上の施しを遠いエルサレムの信徒のためにしました。

一、献げるすばらしさは賢明な方法で分ります。
  (1)計画的にしなさい。気が向く時にするのではなく。
  (2)分に応じて。五餅二魚を献げた少年を思い出して。
  (3)忠実な献金を。途中でやめたり、約束を果さなかったりでなく。

アブラハムは十分の一を神のものとして献げていました。神は十分の一が必要なのではなく、十分の一をするような人物を必要とされます。

一、最高の模範は主ご自身です(9)

10月6日 聖書研究祈り会  

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聖歌233(1,3)
聖歌247(1,4)
聖歌550(1,3)
ヨハネの黙示録 15:1〜8
メッセージ「モーセと子羊の歌」

10月3日 聖日礼拝  

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賛美歌 545
賛美歌 166 (1,2,4節)
交読文 3(詩篇16篇)
牧師の祈り・主の祈り・使徒信条
聖歌 406(全節)
特別賛美 賛美歌262「十字架のもとぞ」
聖書朗読 ヨハネ 3:1-16
メッセージ      飯塚俊雄牧師
「神は真実な愛をあなたに」
聖歌 394(全節)
祈り(応答・決断)
頌栄 賛美歌 540
祝祷・後奏

《今日のメッセージ》飯塚俊雄牧師
「神は真実な愛をあなたに」 ヨハネ3:1〜16

 夜、人目を忍んで主イエスの許にやって来た一人の老人。国民的英雄と言われたニコデモは、若き預言者イエスに敬意を表し、待望する神の国について意見を交換するつもりだった。しかし人の心のすべてを看破される主は単刀直入、問題の核心に切り込まれる。

 「まことに、まことに、人は、新生しなければ、神の国に入ることは出来ません」。虚を衝(つ)かれた彼はうろたえて、「この老人がどうして新生などと」と、とぼけ顔で答える。

 主イエスはますます厳粛に次の三点を。

一、新生の必要性。人にはだれでも肉性がある。ただ神によって生まれた人だけが入れる。

一、新生の神秘性。人は水と御霊によって生まれなければなりません。「風は思いのまま」に吹く。新生は神の主権的出来事です。 

一、新生の確実性。人の子もまた(十字架に)上げられなければなりません。その事実。神の愛の保証、聖霊の導き。信じる者には永遠のいのちを与えられます。神が、その独り子を私たちに下さった事実、それは愛なしには生きられない私たちへの究極の愛の実証でした。

9月29日 聖書研究祈り会  

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聖歌231(1,3)
聖歌423(1,3)
聖歌551(1,4)
ヨハネの黙示録 14:14〜20
メッセージ「救いへの刈り入れの時が来た」

9月26日 聖日礼拝  

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賛美歌 545
賛美歌 24 (1,2,3節)
交読文 51(マタイ伝5章)
牧師の祈り・主の祈り・使徒信条
聖歌 497(1,3,5節)
特別賛美 「バッハ平均律BWV855a」
聖書朗読 マタイ 13:44-52
メッセージ      飯塚俊雄牧師
「隠された宝を見つける」
聖歌 480(全節)
祈り(応答・決断)
頌栄 賛美歌 540
祝祷・後奏

《今日のメッセージ》飯塚俊雄牧師
「隠された宝を見つける」 マタイの福音書13:44〜46

 天国は私たちがこの世で体験できる本質的心霊的な面とやがて堂々と入城できる具体的歴史的な面とあります。主イエスは、天国を

一、畑に隠された宝と比類なき高価な真珠にたとえて話されました。彼は小作人で、地主に命じられて畑を耕しているうちに、掘り当てたのです。銀行のない時代、宝は地中に隠すしかありませんし、隠した本人も移転したり、急死したりすることがよくありました。

一、彼は貧しい労働者でしたが全財産を叩いて、畑そのものを買い取ったのです。だれもが眺めて通り過ぎていた畑です。宝を見つけた「喜びのあまり」です。栄光の天国の真の値打ちを知るなら、どんな犠牲も払います。天国には、それだけの値打ちがあるのです。

一、もう一つのたとえは、高価な真珠を捜し求めて、はるばる旅していた商人です。
ある人にとって、天国は偶然の出来事のように見つかります。迫害者パウロがそうでした。
キリスト者弾圧に赴く途上、いきなり復活の主の光に打たれました。労働者の場合はガラクタの家財道具などでしたが、この商人の場合は今まで集めた大切な真珠でした。
彼も、マリヤのように、なくてならぬ唯一の良きものを選んだのです。

9月22日 聖書研究祈り会  

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聖歌273(1,3)
聖歌412(1,4)
聖歌548(1,4)
ヨハネの黙示録 14:6〜13
メッセージ「大バビロンが倒れた」

9月19日 聖日礼拝  

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賛美歌 545
賛美歌 396 (1,2,4節)
交読文 7(詩篇23篇)
牧師の祈り・主の祈り・使徒信条
聖歌 748(全節)
祝福のことば     飯塚俊雄牧師
特別賛美 「わが心の 百合の花」
聖書朗読 使徒の働き 20:1〜12
メッセージ      飯塚弘道牧師
「キリスト者の慰め」
聖歌 520(1,2,3節)
祈り(応答・決断)
頌栄 賛美歌 540
祝祷・後奏

《今日のメッセージ》飯塚弘道牧師
「キリスト者の慰め」     使徒の働き 20:1〜12
 私たちキリスト者には聖書の交わりや天国への望みや赦罪の恵みなど、慰めは尽ませんが、ここには相互の交わりの慰めもあります。

一、マケドニアの諸教会は厳しい迫害下にあり、極度の貧しさの中にあったが、まだ見ぬエルサレムの使徒たちの貧しさに同情、挙金し、七名の代表をかの地に派遣し、国境を越えて、主にある愛の友情を態度で示します。

一、青年ユテコは一日の仕事を終えても、なお聖日礼拝へ向い、睡魔との戦いに三階から転落。みことばを愛し、集会を愛する健気な青年の姿を、彼に見ます。また、彼の姿に気づかぬほどパウロの長い話しに、聖さんのパンに耳目を集中する出席者たちの姿に、主の臨在とみことばに対する彼らの信仰を見ます。

一、この現場に立ち会った医者ルカは、一人の青年の死を悲しみ、彼の生起をわが事のように喜ぶトロアス教会の信徒たちの「よかった、よかった」の歓喜に「信徒同志の慰め」を、なによりもすばらしいキリスト者の財産と見たのです。このいたわりと思いやりが、若枝教会にも在ることを、心から感謝しましょう。

9月15日 聖書研究祈り会  

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聖歌424(1,4)
聖歌667(1,3)
聖歌540(1,4)
ヨハネの黙示録 14:1〜5
メッセージ「十四万四千人の歌」

 

聞こえていますか、あなたを呼ぶ声  

人はだれでも愛されたいと思います。愛なしでは生きられないように造られているからです。人はだれでも永遠を思います。永遠に生きるように造られたからです。人はだれでも真実なものに感動します。真実な神が私たちの創造主だからです。
 事実、私たちを造られた神は、「わたしの目には、あなたは高価で尊い。私はあなたを愛している」と語りかけておられます。
 ここに私たちの人間としての尊厳があります。
 砂漠に放置された時計は、どんなに正確に時を刻んでも、それを造った人間と向き合い役に立たない限り、空しいと思うでしょう。
 私たちがどんなに発達した文明の中にいても、どこか孤独で空虚で不安な理由は、私たちを限りなく愛しておられる神に背を向けているからです。私も思春期に大きな挫折の中で、聖書を通してこの神にお出会いして、六十数年、喜びと希望に生かされて来ました。
 教会こそあなたの生きる意味と生きる喜びを与える唯一の場所です。
 東京若枝教会は、あなたをお待ちしています。
     牧師 飯塚 俊雄

教会紹介  

私たちの教会は1968年、練馬区関町の借家の八畳の板の間から始まりました。
牧師は、ベテランの飯塚俊雄牧師と、音楽性ゆたかな飯塚弘道牧師です。
地域の方々に愛され、親しまれ、今や毎週の聖日礼拝には90歳をこえる方々から、働き盛りのパパやママ、青年、学生、中高生、小学生はもちろん、赤ちゃんにいたるまでたくさんの人々でにぎわいます。
牧師の心は温かく、お話はわかりやすく、慰めといやしと希望のメッセージはきっとあなたの心にも届くでしょう。

※当教会は統一教会、モルモン教、エホバの証人、幸福の科学とは一切関係ありません。
また当教会では駐車場整理の都合上、車でお越しの方から車の鍵をお預かりします。ご理解のほどお願いします。

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