東京都西東京市プロテスタントキリスト教会・東京若枝教会

東京若枝教会

東京若枝教会のホームページへようこそ  

 ようこそ!教会は心のくつろぎの場です。
  教会は魂の深い渇きが満たされる場です。
   牧師にご用のある方は遠慮なくご連絡ください。
     祈ってほしい方もどうぞ      牧師

お知らせ  

新型コロナウイルス対策を踏まえた教会活動の注意事項に関するお知らせ (2021/1/15 更新)


ジョイタイムに関するお知らせ

 ジョイタイムは新型コロナウイルス感染拡大の影響を受け Zoom で行ってきましたが、2020年10月11日より教会と Zoom を併用して開催いたします。詳しくは幼小科をご確認ください。

ママとキッズのホッとタイムに関するお知らせ (2021/1/11 更新)

 ママとキッズのホッとタイムは新型コロナウイルス感染拡大の影響を受け、2月に元気に再開出来るよう、2021年1月は自粛してお休みします。

礼拝・聖書研究祈り会配信  

1月17日 聖日礼拝  

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賛美歌 545
賛美歌 294 (1,4節)
交読文 4 (詩篇18篇)
牧師の祈り・主の祈り・使徒信条
賛美歌 524
特別賛美 「永遠のいのち」
聖書朗読 マタイによる福音書 7:24 - 29
メッセージ      飯塚弘道牧師
「人生の土台キリスト」
聖歌 471 (1,4節)
感謝献金
祈り(応答・決断)
頌栄 賛美歌 540
祝祷・後奏

《今日のメッセージ》マタイによる福音書 7:24 - 29 飯塚弘道牧師
「人生の土台キリスト」 
機イ海瞭鷽佑砲篭δ姪世あった。
 1、建てたのは家でした。人生とは一回限りの人生建築です。自分の生き方で決ります。
 2、環境も共通していた。
  二軒とも水辺の風通しのいい、砂地でした。
 3、二人に襲って来た人生の災難も同じでした。この世で受ける試練は千差万別であっても、「一度死ぬことと、死んでさばきを受けることに変わりはない」。
供テ鷽佑砲倭螳稘世あった。
 1、試練がやって来た時、明らかになった。
  Aさんの家は倒れなかったが、Bさんの家はこっぱみじんであった。私たちも永遠のキリストに結びついていないなら必ずそう成る。
 2、AさんとBさんの違いはどこに。
  一方は土を深く掘って岩の上に、他方は手抜きして、土台なしの建て方だった
 主はAさんを賢い人、Bさんを愚かな人と断定した。私たちには先見の明が必要である。
掘イ任蓮賢い人になるにはどうするか。
 1、自分には謙虚に聴くべきみ言葉がある。 
  主のみ心を悟る心。それが人生の実力。
 2、自分には、のけるべき砂がある。
  くさいものにフタではない。心を掘り下げ、岩に密着させる。主こそ永遠の岩である。
 3、光に従って具体的に悔い改める。
  そうすれば主は個人的な岩になって下さる。

1月13日 聖書研究祈り会  

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※本日は都合により飯塚牧師の司会・メッセージとなります。
聖歌432
聖歌668
聖歌230
聖書 黙示録1:1〜5
メッセージ「やがて来られる方から」

1月10日 新成人祝福礼拝  

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賛美歌 545
賛美歌 11(1,5節)
交読文 34 (詩篇108篇)
牧師の祈り・主の祈り・使徒信条
賛美歌 317
特別賛美 「賛美歌21 475あめなる 喜び」
聖書朗読 ヘブル人への手紙 1:24-27
メッセージ      飯塚俊雄牧師
「見えないお方を見て生きる」
聖歌370(1,4節)
感謝献金
祈り(応答・決断)
頌栄 賛美歌 540
祝祷・後奏

《今日のメッセージ》ヘブル人への手紙 1:24-27 飯塚俊雄牧師
「見えないお方を見て生きる」 
「キリスト教とは人間のたましいに神のいのちが宿ることです。ジョン・ウェスレー」。
 二百万ものヘブル同胞をエジプトから導き出し、約束の地に導き入れることを使命として神から託されたモーセ。彼が民たちの不平、反抗のストレスにも平安でおれたのは何故か。
 それは神の賜う「平安の原則」に生きていたからである。彼が決断し選びとったもの。
一、自分が何者であるかを知る。自己認識。
 エジプト王宮にエジプト皇子として育った彼は自分の本当の身分を知り、それを生きる。
一、自分は何になるべきか。使命観。
 神の道に生きる決心をした。成人の日に。
自分の責任において決断、前進する、これ成長のあかしである。パウロは弱さを誇った。
一、優先順位の問題である(25)。価値観。
 彼は目もくらむエジプトの財宝よりも、救い主のために犠牲を払うことに価値を見出した。聖言に立つ彼は、王の怒りを恐れないで住み慣れたエジプトを去った一、どのようにして、その使命をやり遂げるか。それは「見えないお方を見つづける臨在信仰」(出33:14、15)。
それとひたすらなる忍耐である。これには十代も熟年層も原則は同じである。今日こそ神第一を決断しよう。

1月6日 聖書研究祈り会  

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聖歌476
聖歌230
聖書 黙示録1:1〜5
メッセージ「わたしはすぐに来る」

1月3日 聖日礼拝  

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賛美歌 545
賛美歌 66
交読文 34 (詩篇108篇)
牧師の祈り・主の祈り・使徒信条
賛美歌 122
特別賛美 「賛美歌107 まぶねのかたえに」
聖書朗読 ルカの福音書 2 : 39 - 52
メッセージ      飯塚俊雄牧師
「天よりの主イエス」
聖歌552
感謝献金
祈り(応答・決断)
頌栄 賛美歌 540
祝祷・後奏

《今日のメッセージ》ルカの福音書 2:39-52 飯塚俊雄牧師
「天よりの主イエス」 
一、子どもと聖書---早く手を打つ。
「幼子をわたしのもとに連れて来なさい」
教会はそのことばに従い、大切にして来た。
一般家庭は五歳から教育を受け、主イエスの時代にはエルサレムに会堂(シナゴーグ)が五百もあった。
一、十二歳までのイエス---神殿巡礼
「律法の子」となるための準備としてのエルサレム上り。明確な神の子としての自覚。マリヤの質問に質問で答えるイエス。マリヤの驚きに、驚きで反対するイエス。イエスの聖書知識はすでに母よりも深かった。
「神の事柄」についての燃える熱意を見よ。
「わたしの仕事」をしているのだと。
一、公生涯に立ち上るまでの18年--自己否定
 大工部屋に戻られ、両親と弟妹に仕える。しかし、かつてないほど父なる神との関係を意識され、聖旨を成すために聖別されているとの崇高な自覚を持たれた。温和で従順、親切そのもののイエス。聖書と自然界に親しみ家庭礼拝を喜々として指導する聡明なイエス。 
 彼こそ、最初の人アダムで失った神との交わり、汚した生活の舞台を一つ一つ美化し、純化し聖化して行く新しい第二のアダムの頭である。
 十字架の日、間近な時、「神から出て神に帰る」自分である事を自覚されて、弟子たちの足を洗われたイエスである。

1月1日 元旦礼拝  

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賛美歌 545
賛美歌 11
交読文 1 (詩篇第1篇)
牧師の祈り・主の祈り・使徒信条
聖歌 494
特別演奏 「讃美歌531 心の緒琴に」
聖書朗読 ピリピ人への手紙 3:7-16
メッセージ      飯塚俊雄牧師
「この一事のために」
聖歌 463
感謝献金 讃美歌547
祈り(応答・決断)
頌栄 賛美歌 540
祝祷・後奏

12月27日 聖日礼拝  

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賛美歌 545
賛美歌 99
交読文 51 (マタイ伝第5章)
牧師の祈り・主の祈り・使徒信条
聖歌 84
特別演奏 「聖歌294 静かに待てわがたまよ」
聖書朗読 ルカの福音書 2:21-38
メッセージ      飯塚俊雄牧師
「私は神の救いを見た」
賛美歌 332
感謝献金
祈り(応答・決断)
頌栄 賛美歌 540
祝祷・後奏

《今日のメッセージ》ルカの福音書 2:21-38 飯塚俊雄牧師
「私は神の救いを見た」

 クリスマスが終ったあと、何が残ったか、それが大切です。新しい年への決意です。
一、シメオンは慰めを待ち望んでいた。
(1)聖霊が彼と共におられた。彼は神の約束の実現を待つ希望の人である。
(2)彼は主を見るまでは死なない約束を受けていた。み声に従う、祈りの人であった。
 アンナは「夜も昼も」、生活丸ごと、人生丸ごと神に献げ、多くの人の慰めとなっていた。
一、彼らは救い主にお会い出来た人だった。
(1)彼は赤子イエスを抱き、賛美し、この目で、主の救いを見たと証言した。彼の見た救い 主は、万民を罪から救い、異邦人に神の愛のみ心を啓示し、イスラエルに約束された栄光のメシヤである。
(2)「もう私は死んでもよい」と人生に悔いも未練もないと言わせてくれる救い主である。
 「剣が心を刺す」と十字架の死まで予告する。老いてなお希望と賛美のこの二人。聖誕 とはむしろ老人の祭りである。

12月23日 聖書研究祈り会(燭火祈祷会)  

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讃美歌114
讃美歌121
聖書 イザヤ書7:1〜17
メッセージ「預言されていた救い主」

12月20日 クリスマス礼拝  

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賛美歌 545
聖歌 102
交読文 50 (イザヤ書53章)
牧師の祈り・主の祈り・使徒信条
賛美歌 112
特別賛美 「聖歌74 めさめてたたえまつれ」
聖書朗読 ルカの福音書 2:1-20
メッセージ      飯塚俊雄牧師
「天の明るさに生きる」
賛美歌 88
感謝献金
祈り(応答・決断)
頌栄 賛美歌 540
祝祷・後奏

《今日のメッセージ》ルカの福音書 2:1-20 飯塚俊雄牧師
「天の明るさに生きる」
 クリスマスの夜、ベツレヘムの野を照らしたあの明るさ、突然、天が開けて見えた荘厳な、揺るぎのない明るさ。その明るさの中に生きようではないか。人の世がどんなに暗くても、神はおられる。神の栄光が輝き溢れ、み使いたちは声を上げてほめたたえる。何者もこの事実を侵すことができない。神の御前は永遠に明るい。今こそ私たちは天の明るさの意味を考えるべきです。
一、ついに救い主が来られるという明るさ。
 神は約束を守る神である。「今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになりました」。救いとは赦しである。罪の赦しによる解放である。罪意識、自己中心性、恐怖、死からの解放である。イエスとは私たちが必要としている神であり、人である救い主である。その死が神が私たちの罪を赦す唯一の根拠である。このお方を私たちに送って下さったのは御父である。御子を与えること、神がご自分を私たちに与えられたということである(汽茱魯4:10)。
一、イエスが恵みの光としてこられた明るさ
 私たちは罪を犯すが嘆き、悔い改める時、きよさに向う力を与えられる。「キリストが現れたのは罪を取り除き、悪魔のしわざを打ちこわすためです」(汽茱魯3:5)。
一、神との和解の道が明かされた明るさ
 この赦しが普遍的であり、私たちが必要としているすべてのものを与えてくれる。

 

聞こえていますか、あなたを呼ぶ声  

人はだれでも愛されたいと思います。愛なしでは生きられないように造られているからです。人はだれでも永遠を思います。永遠に生きるように造られたからです。人はだれでも真実なものに感動します。真実な神が私たちの創造主だからです。
 事実、私たちを造られた神は、「わたしの目には、あなたは高価で尊い。私はあなたを愛している」と語りかけておられます。
 ここに私たちの人間としての尊厳があります。
 砂漠に放置された時計は、どんなに正確に時を刻んでも、それを造った人間と向き合い役に立たない限り、空しいと思うでしょう。
 私たちがどんなに発達した文明の中にいても、どこか孤独で空虚で不安な理由は、私たちを限りなく愛しておられる神に背を向けているからです。私も思春期に大きな挫折の中で、聖書を通してこの神にお出会いして、六十数年、喜びと希望に生かされて来ました。
 教会こそあなたの生きる意味と生きる喜びを与える唯一の場所です。
 東京若枝教会は、あなたをお待ちしています。
     牧師 飯塚 俊雄

教会紹介  

私たちの教会は1968年、練馬区関町の借家の八畳の板の間から始まりました。
牧師は、ベテランの飯塚俊雄牧師と、音楽性ゆたかな飯塚弘道牧師です。
地域の方々に愛され、親しまれ、今や毎週の聖日礼拝には90歳をこえる方々から、働き盛りのパパやママ、青年、学生、中高生、小学生はもちろん、赤ちゃんにいたるまでたくさんの人々でにぎわいます。
牧師の心は温かく、お話はわかりやすく、慰めといやしと希望のメッセージはきっとあなたの心にも届くでしょう。

※当教会は統一教会、モルモン教、エホバの証人、幸福の科学とは一切関係ありません。
また当教会では駐車場整理の都合上、車でお越しの方から車の鍵をお預かりします。ご理解のほどお願いします。

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