東京都西東京市プロテスタントキリスト教会・東京若枝教会

東京若枝教会

東京若枝教会のホームページへようこそ  

 ようこそ!教会は心のくつろぎの場です。
  教会は魂の深い渇きが満たされる場です。
   牧師にご用のある方は遠慮なくご連絡ください。
     祈ってほしい方もどうぞ      牧師

お知らせ  

新型コロナウイルス対策を踏まえた教会活動の注意事項に関するお知らせ (2021/6/25 更新)


ジョイタイムに関するお知らせ (2021/6/26 更新)

 ジョイタイムは緊急事態宣言の解除に伴い、感染防止対策を徹底し、2021年6月27日から教会のホールでの礼拝(Zoom併用)を再開いたします。詳しくはジョイタイムをご確認ください。

ママとキッズのホッとタイムに関するお知らせ (2021/6/5 更新)

 緊急事態宣言が延長されたため、6月10日はお休みします。

礼拝・聖書研究祈り会配信  

9月26日 聖日礼拝  

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賛美歌 545
賛美歌 24 (1,2,3節)
交読文 51(マタイ伝5章)
牧師の祈り・主の祈り・使徒信条
聖歌 497(1,3,5節)
特別賛美 「バッハ平均律BWV855a」
聖書朗読 マタイ 13:44-52
メッセージ      飯塚俊雄牧師
「隠された宝を見つける」
聖歌 480(全節)
祈り(応答・決断)
頌栄 賛美歌 540
祝祷・後奏

《今日のメッセージ》飯塚俊雄牧師
「隠された宝を見つける」 マタイの福音書13:44〜46

 天国は私たちがこの世で体験できる本質的心霊的な面とやがて堂々と入城できる具体的歴史的な面とあります。主イエスは、天国を

一、畑に隠された宝と比類なき高価な真珠にたとえて話されました。彼は小作人で、地主に命じられて畑を耕しているうちに、掘り当てたのです。銀行のない時代、宝は地中に隠すしかありませんし、隠した本人も移転したり、急死したりすることがよくありました。

一、彼は貧しい労働者でしたが全財産を叩いて、畑そのものを買い取ったのです。だれもが眺めて通り過ぎていた畑です。宝を見つけた「喜びのあまり」です。栄光の天国の真の値打ちを知るなら、どんな犠牲も払います。天国には、それだけの値打ちがあるのです。

一、もう一つのたとえは、高価な真珠を捜し求めて、はるばる旅していた商人です。
ある人にとって、天国は偶然の出来事のように見つかります。迫害者パウロがそうでした。
キリスト者弾圧に赴く途上、いきなり復活の主の光に打たれました。労働者の場合はガラクタの家財道具などでしたが、この商人の場合は今まで集めた大切な真珠でした。
彼も、マリヤのように、なくてならぬ唯一の良きものを選んだのです。

9月22日 聖書研究祈り会  

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聖歌273(1,3)
聖歌412(1,4)
聖歌548(1,4)
ヨハネの黙示録 14:6〜13
メッセージ「大バビロンが倒れた」

9月19日 聖日礼拝  

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賛美歌 545
賛美歌 396 (1,2,4節)
交読文 7(詩篇23篇)
牧師の祈り・主の祈り・使徒信条
聖歌 748(全節)
祝福のことば     飯塚俊雄牧師
特別賛美 「わが心の 百合の花」
聖書朗読 使徒の働き 20:1〜12
メッセージ      飯塚弘道牧師
「キリスト者の慰め」
聖歌 520(1,2,3節)
祈り(応答・決断)
頌栄 賛美歌 540
祝祷・後奏

《今日のメッセージ》飯塚弘道牧師
「キリスト者の慰め」     使徒の働き 20:1〜12
 私たちキリスト者には聖書の交わりや天国への望みや赦罪の恵みなど、慰めは尽ませんが、ここには相互の交わりの慰めもあります。

一、マケドニアの諸教会は厳しい迫害下にあり、極度の貧しさの中にあったが、まだ見ぬエルサレムの使徒たちの貧しさに同情、挙金し、七名の代表をかの地に派遣し、国境を越えて、主にある愛の友情を態度で示します。

一、青年ユテコは一日の仕事を終えても、なお聖日礼拝へ向い、睡魔との戦いに三階から転落。みことばを愛し、集会を愛する健気な青年の姿を、彼に見ます。また、彼の姿に気づかぬほどパウロの長い話しに、聖さんのパンに耳目を集中する出席者たちの姿に、主の臨在とみことばに対する彼らの信仰を見ます。

一、この現場に立ち会った医者ルカは、一人の青年の死を悲しみ、彼の生起をわが事のように喜ぶトロアス教会の信徒たちの「よかった、よかった」の歓喜に「信徒同志の慰め」を、なによりもすばらしいキリスト者の財産と見たのです。このいたわりと思いやりが、若枝教会にも在ることを、心から感謝しましょう。

9月15日 聖書研究祈り会  

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聖歌424(1,4)
聖歌667(1,3)
聖歌540(1,4)
ヨハネの黙示録 14:1〜5
メッセージ「十四万四千人の歌」

9月12日 聖日礼拝  

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賛美歌 545
賛美歌 396 (1,2,4節)
交読文 37(詩篇119篇)
牧師の祈り・主の祈り・使徒信条
賛美歌 494(全節)
特別賛美 聖歌493「やすけさは川のごとく」
聖書朗読 ルカ18:1-8
メッセージ      飯塚俊雄牧師
「失望しないで祈る」
聖歌 642(全節)
祈り(応答・決断)
頌栄 賛美歌 540
祝祷・後奏

《今日のメッセージ》飯塚俊雄牧師
「失望しないで祈る」     ルカ18・1〜8

 聖書を読むことは霊の食べ物です。
祈りはたましいの呼吸です。ありのままを、天のお父さまに申し上げているうちに、祈りは身につきます。私たちキリスト者にとって、
一、祈りは生涯を貫く継続する習慣でなければなりません。困難に直面すると祈れなくなるからです。祈りは愛に満ちた天の父との交わりです。その臨在と守りを意識できる時です。神のみ心に自分を調和させる時です。
祈りが深くなる事で、確信も深くなります。
一、祈りは執拗でなければなりません。
必ず答えられるからです。だから主は、失望しないで祈れ、と言われたのです。その見本がこのやもめの態度です。「まして神は日夜呼び求める選民のために」と主は言われます。
 失望に負けず祈ったアブラハム、イサク、ヤコブ、ヨセフ、ダビデ、パウロを見なさい。エリヤも失望の中から神の前に立ちました。エレミヤは国が滅ぶのを目の当りにしました。しかし主は「あなたがたに将来と希望を与えるのだ」(29章)今は見えなくても、と言われました。彼は「分りました」と。先輩パウロの「常時歓喜、不断祈祷、万事感謝」
(汽謄汽蹈縫5・16〜18)と詩62・1です。

9月8日 聖書研究祈り会  

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聖歌233(1,3)
聖歌532(1,3)
聖歌516(1,4)
ヨハネの黙示録 13:11〜18
メッセージ「地からの獣、偽りの宗教」

9月5日 聖日礼拝  

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賛美歌 545
賛美歌 498 (全節)
交読文 30(詩篇96篇)
牧師の祈り・主の祈り・使徒信条
賛美歌 194(全節)
特別賛美 聖歌691「ヨルダンのかなたに」
聖書朗読 ルカ17:22〜37
メッセージ      飯塚俊雄牧師
「終末時代をいかに生きるか」
聖歌 667(全節)
祈り(応答・決断)
頌栄 賛美歌 540
祝祷・後奏

《今日のメッセージ》飯塚俊雄牧師
「終末時代をいかに生きるか」 ルカ17:22〜37

 聖書には、罪と反逆のこの世に、救い主が来られるという預言が実現するまで、アブラハムからでさえ二千年以上かかりました。

 しかし、神は約束を実現されました。主イエスも復活、昇天される時、同じ姿で再び来ると確約されました。ご降誕にも勝るその約束を、私たちはひたすら待ちわびています。

一、再臨には二つの意味があります。一つは救いの完成であり、さらに、裁きの完成です。終末にも二つの意味があります。キリストの十字架と復活により、新しい時代、神の国が始まり、今も終末時代が二千年続いています。もう一つは、キリストの再臨による世の終わりです。22節からは、弟子たちに主自ら終末をいかに生きるべきか、心得を教えています。

一、平静な心で主の再臨を待て(22〜25)

一、再臨に無頓着になるな(26〜29)

 無頓着にならないための三つの心得は、

一、聖霊に導かれて歩む信仰(マタイ25章)思慮深い乙女のようにスペアの油をいつも用意しておきなさい。

一、あなたの賜物を活かす生活をしていなさい(マタイ25:14〜30)。

一、きよい生活を心がけよう(へブル12:14)

9月1日 聖書研究祈り会  

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聖歌582(1,3)
聖歌465(1,3)
聖歌558(1,4)
ヨハネの黙示録 13:1〜10
メッセージ「サタンの追従者、獣」

8月29日 聖日礼拝  

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賛美歌 545
賛美歌 67 (1,2,3節)
交読文 31(詩篇100篇)
牧師の祈り・主の祈り・使徒信条
聖歌 578(全節)
特別賛美 聖歌189 「つかれし人人きたれわれに」
聖書朗読 ルカ 17:20-21
メッセージ      飯塚俊雄牧師
「神の国はあなたのただ中にある」
聖歌 261(1,2,3節)
感謝献金 賛美歌 547
祈り(応答・決断)
頌栄 賛美歌 540
祝祷・後奏

《今日のメッセージ》飯塚俊雄牧師
「神の国はあなたのただ中にある」ルカ17:20、21

 復活された主イエスは「四十日にわたり、度々(たびたび)彼らに現われて、神の国を語られた」とあるように、神の国は重要な課題でした。

 神の国には、二つの面があります。一つはやがて来る未来的、具体的、歴史的なものと現在的、本質的、心霊的、体験的なものです。

 神の国は具体的には神のご支配です。だれの目にも、現在は混乱と不正、罪悪と不義、「暗きの権威」の時です(ルカ22:53)。だから主は「神の国は近づいた、悔い改めて福音を信ぜよ」と切実に叫ばれ、「御国を来らせたまえ」と祈るように命じられました。

 しかし、神の国は到来してから神の国になるのではなく、「実にあなたがたのただ中にある」、それは「義と平和と聖霊による喜びだからです」(ロ-マ14:17)。悔改めて、一切の罪、不義を赦され、神と和らぎ、神のいのちにあずかり、新生、聖霊が内住され、喜び溢れる時、ここに個人の神の国があります。

一、神の国は恵みに満ちている。

一、神の国に入るためには、どうするか。

一、神の国に入った人はどうなるか。

一、神の国は、今、ここに来ています。

8月25日 聖書研究祈り会  

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聖歌230(1,3)
聖歌608(1,4)
聖歌616(1,4)
ヨハネの黙示録 12:13〜18
メッセージ「教会への迫害」

8月22日 聖日礼拝  

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賛美歌 545
賛美歌 24 (1,2,3節)
交読文 38(詩篇121篇)
牧師の祈り・主の祈り・使徒信条
聖歌 588(全節)
特別賛美 聖歌504 「来たれ友よ」
聖書朗読 ルカ 17:11-19
メッセージ      飯塚俊雄牧師
「人生に何かが起こるとき」
聖歌 475(1,2,4節)
感謝献金 賛美歌 547
祈り(応答・決断)
頌栄 賛美歌 540
祝祷・後奏

《今日のメッセージ》飯塚俊雄牧師
「人生に何かが起る時」ルカの福音書 17:11〜19

 主イエスは十字架の待つ最後のエルサレム行をされていた。ある村に入ると、らい病に冒された十人が遠くから、声を張り上げた。
「イエス様、先生、私たちをあわれんでください」。らい者は人を見れば「私は汚れた者」と言いながら距離を置かねばならなかった。

一、あわれみを求める信仰。しかし彼らはイエスに出会った時、汚れた者です、の叫びが「あわれんで下さい」に変る。私たちは本来神を離れ、人に見せられない程、心は汚れている。ありのまま、主に「あわれんで下さい」と心から申し上げるなら、主は応えて下さる。
彼らは言われた御言葉を信じて祭司の許に行く途中、癒された。

一、感謝する信仰。すると、サマリヤ人だけは引き返して来て、ひれ伏した。自分の生涯を主に献げて生きる決意表明です。「九人はどこにいるのか」と主。この言葉には悲しみがある。神に感謝しない人は忘恩の人生です。
クリスチャン・ライフの特徴は感謝である。
他の九人は癒されて喜んだろうが、以前と同じ生活を、いや更に悪い生活をしたかも。
しかし、この他国人は、「あなたの信仰があなたを救った」と言葉を頂き、罪の赦し、平安、永遠のいのちにあずかった。

一、神をあがめる信仰。癒された体と讃美の唇を以て、生活を通し、神の栄光を現したい。

8月18日 聖書研究祈り会  

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聖歌493(1,4)
聖歌489(1,3)
聖歌552(1,3)
ヨハネの黙示録 12:7〜12
メッセージ「キリストの戦いと勝利」

 

聞こえていますか、あなたを呼ぶ声  

人はだれでも愛されたいと思います。愛なしでは生きられないように造られているからです。人はだれでも永遠を思います。永遠に生きるように造られたからです。人はだれでも真実なものに感動します。真実な神が私たちの創造主だからです。
 事実、私たちを造られた神は、「わたしの目には、あなたは高価で尊い。私はあなたを愛している」と語りかけておられます。
 ここに私たちの人間としての尊厳があります。
 砂漠に放置された時計は、どんなに正確に時を刻んでも、それを造った人間と向き合い役に立たない限り、空しいと思うでしょう。
 私たちがどんなに発達した文明の中にいても、どこか孤独で空虚で不安な理由は、私たちを限りなく愛しておられる神に背を向けているからです。私も思春期に大きな挫折の中で、聖書を通してこの神にお出会いして、六十数年、喜びと希望に生かされて来ました。
 教会こそあなたの生きる意味と生きる喜びを与える唯一の場所です。
 東京若枝教会は、あなたをお待ちしています。
     牧師 飯塚 俊雄

教会紹介  

私たちの教会は1968年、練馬区関町の借家の八畳の板の間から始まりました。
牧師は、ベテランの飯塚俊雄牧師と、音楽性ゆたかな飯塚弘道牧師です。
地域の方々に愛され、親しまれ、今や毎週の聖日礼拝には90歳をこえる方々から、働き盛りのパパやママ、青年、学生、中高生、小学生はもちろん、赤ちゃんにいたるまでたくさんの人々でにぎわいます。
牧師の心は温かく、お話はわかりやすく、慰めといやしと希望のメッセージはきっとあなたの心にも届くでしょう。

※当教会は統一教会、モルモン教、エホバの証人、幸福の科学とは一切関係ありません。
また当教会では駐車場整理の都合上、車でお越しの方から車の鍵をお預かりします。ご理解のほどお願いします。

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